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Dual KOTO×KOTO 梶ヶ野亜生・山野安珠美 箏リサイタル

遅れ馳せながら、25日にかごしま県民交流センター・県民ホールで開催された、
Dual KOTO×KOTO 梶ヶ野亜生・山野安珠美 箏リサイタル」のご報告です。
(こんなに遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。>関係者各位)

Dual KOTO×KOTO」とは、箏演奏家、梶ヶ野亜生さんと山野安珠美さんによるデュオ。
共に、沢井忠夫・沢井一恵両氏に師事。
学生時代より、梶ヶ野さんは鹿児島、山野さんは山口より、
沢井氏の福岡でのレッスンへ通っていたことが、お二人の出逢いとのこと。
大学進学と同時に上京した際に再会し、卒業後は共に内弟子修業を積み、
国内外での多岐に渡る演奏活動を開始されたとのこと。
ただならぬご縁です。
そして、現在は財団法人地域創造の2010~11年度公共ホール音楽活性化事業の、
邦楽器演奏グループとしては唯一の登録アーティストでもあります。

その「Dual KOTO×KOTO」としては今年最後の出演となるであろう鹿児島公演。
しかも、梶ヶ野さんの故郷ということもあり、色々と感慨深かったようです。

宮城道雄《瀬音》で幕を開けた本公演。
自然、大気と交感する音楽。
専門家の先生方からは叱られるかも知れませんが、
私には、自然の描写を借りた、心象風景の音楽に感じられました。
しかも、心象風景を写し取るような安易さではなく、鬼気迫るものとして、です。
音楽に限らず、日本文化にはそのような側面がありますよね。

山野さん(さくら)、梶ヶ野さん(白拍子)の独奏があり、
前半最後は、光崎検校《五段砧》という、
19世紀の半ば、江戸時代に作られた作品。
これぞ箏による音楽の真髄だと、私は勝手に解釈しました。
それ程に強烈だったのです。
プログラム冊子には、このように書いてあります。
「いわゆる‘古典’にあたりますが、
 絡みあう二つの箏の旋律からは、新しささえ感じることができます。」
確かに、そうでした。
《五段砧》自体の作品としての素晴らしさ、
そこに、Dual KOTO×KOTOの古典作品を現代に「聴かせる」演奏が加わります。
古典の演奏には様々なアプローチがあるのでしょうが、
お二方の場合、ご自身たちのオリジナリティよりも、
作品そのものの本質をリアリゼーションされることに、
重きを置いていらっしゃるのではないでしょうか。
当然その上で、自分たちのオリジナリティを追求されていることと思います。
しかも、21世紀の現代で演奏するという、ある種の矛盾を孕むことを覚悟しながら。
この演奏に日本人が「新しさ」を感じるということは、
やはり、日本人が置き去りにしてしまったものの大きさ、
その喪失の重大性を認識させられます。
夏目漱石は「現代日本の開化」という講演の中で、
「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」と述べたそうです。
西洋文化の享受については、きっと今でも大して変わっていないのでしょう。
ただ、時は流れて、失い続けているものが別にあるとしたら。
その喪失感に茫然とさせられる作品でした。

後半は、山野さんの独奏による沢井忠夫《翼にのって》から始まりました。
素敵な作品ですが、なかなか上演される機会に恵まれないとのこと。
MCも含め、演奏家としての使命感、矜持を感じられる演奏でした。

お二人が編曲されたピアソラ《リベルタンゴ》の次に演奏されたのが、
山田耕筰《あわて床屋》を私がアレンジした、
《あわてことやによるあわてとこや》です。
旅先で様々な事件が起きてしまうらしいお二人を「あわてことや」に見立てて、
最初は順調に演奏が始まった《あわて床屋》が、
自由気ままな二人によって、次第に暗雲が立ち込めていきます。
そして、結末は…!?
というのが、お二人から提示されたお題でした。
実は、コンサートの1曲目を意識して、導入としての重くならないような編曲、
というオーダーもあり、それを踏まえた編曲でしたので、
この曲順で演奏されることに、最初は戸惑いました。
でも、結果としては、ヘヴィな作品が並ぶ中で、
リラックス出来るような役割を果たせたのではないかと思います。
曲の中でどのように「あわてる」かが重要なポイントでしたが、
演劇的な要素を排除する話もありましたので、音符で表現しなければなりませんでした。
その際に、西洋音楽的なアプローチが全面的に出てしまったこと、反省してます。
あと、二面の十三絃箏という編成を活かし切れていたかどうか。
まだまだ修行が足りません。
ただ、導入としての曲解説と共に、
お二人のキャラクター性も含めた演奏に助けられたおかげで、
素晴らしい上演となりました。
特に、演奏が終わって、ご来場の方々から声が上がったのを聴き、ほっと致しました。
7月に大阪で初演され、今回が6回目の上演だった《あわてことやによるあわてとこや》。
良い意味で、私の元を離れ、お二人のオリジナルの音楽として昇華して下さいました。
素晴らしい機会を与えて下さったお二人に、本当に感謝申し上げます!
しかし、心配なのは、この曲を演奏するようになってから、
お二人が旅先で事件に遭遇される確率が上がってしまっていること。
しかも、なかなか笑って済まされないようなものまで!
本当に申し訳ございませんでした!www

多東康孝《夏休み~冒険・夕焼け》と沢井比河流《凛》は、共に現代の作品であり、
広い意味でのポップスに精通された作曲家による作品でもあります。
そのため、曲の構成もしっかりと感じ取ることが出来、
また、十三絃箏と十七絃箏の特徴を捉えた素敵な作品だったと思います。
前者はウィンドチャイムによる風鈴のような効果を含んだ親しみ易さが心地好く、
後者は交感する音楽としての変遷、現代性を強く印象付けました。
箏の将来性を予感させて下さるのも、お二人の魅力の一つだと思います。
以前、梶ヶ野さんから伺ったお話なのですが、
邦楽器の演奏家というものは、古典も現代曲もポップスも全てを一人で担当されるそうで、
西洋の楽器に見られるような分業された仕事の在り様ではないそうです。
このことを迎合することなく、ポジティブに受け取ることが、
今後、邦楽器に限らず、音楽家の使命の一つになっていくのかも知れません。
作曲家だって、きっと、その筈です。

アンコールは、《ふるさと》をDual KOTO×KOTOのお二人で編曲したもの。
旅の多いお二人だからこそ、この「ふるさと」という言葉には、
生まれ故郷という意味だけではない多義性があるのでしょう。
特に、この2011年という時においては。
(今年9月には、岩手県北上市でも公演されています)

終演後の楽屋でのこととか、打ち上げのこととか、
まだまだ書きたいことはあるのですが、
長くなりましたので、この辺にて失礼したいと思います。

本公演について、梶ヶ野さんのブログ山野さんのブログだけでなく、
リコーダー奏者・作曲家、吉嶺史晴先生のブログでも興味深い考察と共に、
公演に関する記事を掲載して頂いております。
拙作にも触れて下さいました。
いつも、有難うございます!
以下、吉嶺先生のブログへのリンクです。
  ・ Dual KOTO×KOTO / 梶ヶ野亜生 山野安珠美 箏リサイタル終演
  ・ 「時代の空気」から自由になる
  ・ 光崎検校の「五段砧」

Dual KOTO×KOTOの梶ヶ野さん、山野さん、
鹿児島国際大学 生涯学習センターの久木田先生、峯崎先生、
梶ヶ野さんと出逢うきっかけを作って下さり、今回も色々とお心遣い頂きました、
作曲家、鹿児島国際大学国際文化学部音楽学科長、久保禎先生、
公演に関わられた皆様、
そして、ご来場下さった皆様、
誠に有難うございました!

p.s.1
梶ヶ野さんには、11月27日(日)に渋谷の公園通りクラシックスで開催される、
作曲家グループ<邦楽2010>コンサート「音のカタログ Vol.2」でも、
拙作、尺八、声、十三絃箏のための《夜想曲》を演奏して頂きます!
尺八は、元永拓さんです!
本公演のチケットは、電話ご予約のみの完全予約制(定員50名)で、当日券はございません。
お早目のご予約を、おすすめ致します。
  申込み・問合せ:作曲家グループ<邦楽2010>事務局「邦楽アソシエーション」
  〒169-0075 東京都新宿区高田馬場4-9-11-605
  Tel: 03-5338-9530 Fax: 03-5338-9540
  E-mail: info@asoshi.com

p.s.2
実は、むじゃきの白熊は未体験だったりします。ww
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