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早過ぎたひと 世紀の伊達男 加藤和彦

BSプレミアムで放送されたハイビジョン特集、
『早過ぎたひと 世紀の伊達(だて)男 加藤和彦』を視聴しました。

加藤和彦さんは、私の憧れの一人。
THE ALFEEの坂崎幸之助さんを経由して知ったのか、
NHK教育で石川鷹彦さんとアコースティック・ギター講座をされていて知ったのか、
今となっては、そのどちらだったか思い出せませんが、
1996年、中学2年生の時のことだったのは確かです。
広井王子さんのゲームの音楽を担当した者同士ということで、
加藤さんと田中公平先生の対談という、私にとって、夢のような企画もありました。

加藤さんにとって、晩年の音楽のパートナーとなった坂崎さん。
奥様で作詞家の安井かずみさんに先立たれて、ポップスに背を向けていた時期に、
坂崎さんの番組にゲストとして出演されたことが、
再びギターを弾き、ポップスと向き合うきっかけになったとのこと。
21世紀に入って、フォークルの再結成や「和幸」を結成する訳ですが、
(勿論、木村カエラさんをボーカルに迎えたミカ・バンドも忘れてはいけません)
そこには必ず坂崎さんがいらっしゃいました。
加藤和彦というアーティストが再び表舞台に立つこととなった、
この出逢いは仕合わせなことだったのか、
もしかしたら、不仕合わせなことだったのではないか、
そのような穿った解釈も出来てしまいそうです。

加藤さんが命を絶ったのは、2009年10月16日。
それを私が知ったのは、翌日13時のNHKニュースだったかと思います。
呆然としました。
大好きなフォークルのアルバムだけでなく、
佐渡裕さんの指揮、新日本フィルハーモニーの演奏と共に、
サラ・ブライトマンさんが歌う『天外魔境III NAMIDA』のサントラなど、
とにかく聴きました。

私が喫茶店や路上でアコースティック・ギターの弾き語りをしていた頃、
オーケストラや室内楽の勉強をし始めたことをライブで語ると、
あるお客さんが、
「君は、容姿は無理だけど、音楽だけは加藤和彦になれるかも知れない」
というようなことを仰いました。
確証など無い話でしたが、何だか自信となったことを覚えています。
スコアを書いても書いても音にならず、
初めて公の場で音になったのが、2009年11月16日の現音作曲新人賞本選会、
衝撃のニュースの1ヶ月後でした。

加藤さんの作品で一番好きなのが、フォークルの『感謝』です。

加藤さんの素敵な音楽に、心からの感謝を。
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