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東京から帰って、思うこと

先週の東京滞在について3回に渡って書いて参りましたが、
今回の上京は、これまでとは質が違ったような印象がございます。

特に何かの出来事という訳ではないのですが、
今回の4泊5日で思ったことを幾つか書いてみたいと思います。

先ず、カバンです。
旅行カバンも未だにキャリーバッグ等ではなく、ボストンバッグを使っているのですが、
衣類だけでなく、本や録音機材等も入れるため、それなりの重さになってしまいます。
ボストンバッグだと、不用意に地面に下ろす訳にもいかず、
新しいものを買うか、ちょっと悩み中です。
同じく悩んでいるのが、滞在中の普段使い用のカバン。
今は、所謂ブリーフケースを使っているのですが、もっと中に入るものが欲しくて。
以前、BRUTUSに掲載された茂木健一郎さんのバックパックの活用法に刺激を受けて、
鹿屋で生活する時には私もバックパックが中心なのですが、
中身を取る度に下ろさなくてはならないし、電車が走っていない鹿屋だから良いものの、
公共の交通機関では迷惑になるカバンとしても、よく取り上げられますよね。
ということで、肩に掛けられそうなトートバッグを色々と調べ中です。

次に、作曲の問題。
本当は1番目に持って来るべきものなのですが、
ブログやTwitterでいつも書いていることなので。
普段、現代音楽について語れる相手が身の回りに一人も居ない私にとって、
東京で出会う方々との語らいは、本当に実りある時間なのです。
ネット上で語るのも良いですが、やはり現場に身を置いた上での言葉には、
全く違う重みがあります。
作曲そのものについても、色々と課題を頂きました。
これこそ繰り返しになりますが、現代音楽にもっと特化したいです。
思うままにやってみることで、自分が本当に欲していることが見えて来るでしょう。
今回の上京時に頂いた作曲のお話が幾つかあるのですが、
早速、結果はどうあれ、実践して参りたいと思います。
あと、東京に住まずとも、その近郊に拠点を置くことで十分な活動が出来ることも、
初めて体感を伴って知ることが出来ました。
祖父母の在宅介護の問題などがありますので、今すぐに上京することは不可能ですが、
将来的な話として、参考にしていきたいです。

最後に、上述した内容ともリンクする、生活の問題。
上京して拙作の上演に立ち会うのは本当に良い経験となるのですが、
作曲出来る環境(気持ちの上でゆとりがあったり、文具を買ったり、etc)にある以上、
貧乏だとは思わないものの、金銭面が流石に厳しいです。
しかも、今年はあと5回、東京での上演があるのですが、
その殆どが、作曲者が立ち会う前提の公演となっています。
初演だけには立ち会いたいと思うものの、泣く泣く断念する機会も出て参りました。
来年からは、海外での予定も入っております。
このような贅沢な状況は今だけのことかも知れませんし、
将来への投資として間違った方向にさえ動かさなければ良い訳ですが、
今まで以上に自己マネジメントをしっかりしなくては、と思う次第です。
そのためにも、職を変える必要性を痛感致しております。
今回のように5日間も留守にするような融通は利く職場なのですが、
1日も休まないとしても月給は低いままなのが、ちょっとネックです。
作曲のアイデアが枯渇するより先に、生活が破綻すること必至の現在。
加えて、そのような生活の実態であるにも拘らず、
某ネットワークの代表として、鹿屋在住の音楽家を支援するために時間を費やす他、
某市民会議の委員として、市の自主文化事業の選定などに関わらせて頂いております。
これらの活動は勿論、ボランティア。
それぞれにやり甲斐は感じるものの、
特に前者について、他人の支援をしている場合ではないだろう、と自分で呆れることも。
周囲に愚痴混じりの相談をしつつ、今後について考え中(今年度の公演が潮時かな)。
色々と清算するために県外へ引っ越したい気持ちもありますが、それはまた別の話。
最近、大学に勤務していない現代音楽の作曲家数名の台所事情を知ることが出来たり、
普段からお世話になっている某ミュージシャンが廃業する予定で身辺の整理を始めたり、
そういうきっかけもあって、私も30歳を目前として、焦り始めました。
国際的に高い評価を得ている独学の作曲家さんが、
某人気子役と年収を比べる夢を見たそうで、なかなか笑えない悪夢でございます。
まるまるまるもうけ。

上述のBRUTUSで、茂木健一郎さんが語っています。
すべての体験は仕事の中で合流していくから、
無駄な仕事、無駄な情報、無駄な体験というものは私の中に一切存在しない、と。
私もそう思います。
ただ、これを実感するためにも、先立つものは必要でしょう。
芸術家とか抜かす前に、社会人として当然のことです。
数年前に新聞で読んだ「芸術家? いや、ニートかも」という寄稿が、
記事は何処かに行ってしまったものの、頭から離れることはありません。
基本オプティミズムなので、悲観視は全く致しておりませんが。

散財したかのようなブログを前日に書いていながら、生活の不安を書いてしまいました。
でも、入場無料の展覧会とかが殆どなので、
電車代は掛かったものの、そうでもなかったです。
普段、外食も自分への買い物も飲み会や打ち上げへの出席も殆どしないので、
ひとときの贅沢には違いありませんでしたが。

でも、人との出逢い、ご縁に勝る贅沢はございません。
今回お世話になった皆様、誠にありがとうございました。
中でも、松平敬さんのリサイタルで湯浅譲二先生と再会出来たのは感激でした。
昨年末、上田希さんの『毒っとクラリネット!』でご一緒させて頂いた以来。
「あれから、どういう作品を発表しているの?」と訊いて頂けたこと、
また、今後の上演予定について興味を持って下さったこと、
それが形式的な社交辞令だったとしても、大変嬉しかったです。

今回の東京滞在について書くのは、これでおしまい。
最後まで乱文を読んで下さり、ありがとうございました。

今日もいい日だっ。

ばいちっ。
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コメント

以前あなたの「鹿児島で作曲するということ」という文章を読み感動した者です。あなたが仰っていることはよく分かります。しかしながら、残念です。わたしは音楽業界のことをよく存じませんが、その他多くの類に身を寄せようとしていらっしゃるのですか?あの時の信念は消えてしまわれたのでしょうか。

> name 様
コメント、ありがとうございます。
ご指摘の件、大変良く分かります。先ず、私の信念は変わっておりません。鹿児島から世界へ発信する現代音楽を目指しておりますし、鹿児島県内での現代音楽の公演にも力を注いで参りたい思いも以前より強く持つようになりました。
しかし、私は県外へ住んだことも、音大で学んだ経験もございません。井の中の蛙です。これから先の一生を鹿児島で過ごしているだけでは学べないもの、体験出来ないものも多々ございます。県外・国外に一時期住み、優れた作曲家・演奏家との交流を通じて得たものを、鹿児島に戻ってから還元することは可能だと思いますし、世界へ通用する音楽を鹿児島から発信することに不可欠な要素だとも思います。鹿児島の文化の発展に尽力されている諸先輩方も、その殆どがこのような過程を経ていらっしゃいます。今、鹿児島で県出身・在住の音楽家により世界水準の音楽に少なからず親しむことが出来るのは、諸先輩方がこのように時間を掛けた営みの成果だとも思っております。
また、その中で知り合えた作曲家・演奏家を鹿児島へ招聘し、今までに鹿児島では実現出来なかったような公演を開催することも可能になって来ると思うのです(既に話は進めております)。これは、鹿屋の音楽家に鹿屋での演奏の機会をセッティングすることだけが音楽家「支援」ではなく、鹿屋に住みながら優れた音楽に触れる機会を増やすことも支援となるであろう、という思いから来るものでもございます。特に現代音楽の演奏家はプロモーターが逐一動く世界ではありませんから、個人が窓口になる必要がございます。
鹿児島から発信すること、鹿児島で作曲するということ、という意図は、寧ろ世界を拓くことにございます。上記ブログでは言葉足らずではございましたが、現状に甘んじることなく、将来のビジョンを見据えた上で、鹿児島というローカル性にこだわるからこその思いであることをご理解頂ければ幸いです。
改めまして、コメントを下さり、ありがとうございました。

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