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変化。

「どう解釈して、どう演奏すれば良いのか分からない」と、
演奏家から相談される機会が、昨年辺りから増えました。
思想や美学を鍛えたい、という気持ちが作品に反映されるようになり、
弾き切っただけで聴き応えのある音楽を作ることに興味が持てなくなり、
以前のような、広い音域を高速で駆け巡る、縦にも横にも音数の多い楽譜ではなく、
楽譜通り弾くだけでは、捉え処の無いような音楽になったことも一因でしょう。
現代音楽のスペシャリスト達がピンと来ないような作品なのだから、
現在のアプローチは、私が進んだって仕方が無い道で、
旧来的かつ退嬰的な音楽を量産することだけが、私に求められているのだろうと、
自分の非力を嘆くことも増えました。

拙作に琉球音階が登場したのは、2012年のマンドリン協奏曲《六花》が最初でしょうか。
これ以来、事前に選出した八音音階から数個の音を抜粋して琉球音階を作るなど、
殆どの作品で使うようになった作曲語法です。
また、會田瑞樹さんがピアノ10台作品《Piano Function》を評価してくださった際に、
パリから距離を置き、南仏を拠点に活動したデオダ・ド・セヴラックの名を
出してくださったことも、私が日本という大きな単位ではなく、
南日本という限定された地域に住んでいることを、強く意識する契機となりました。

それは、祖父母の在宅介護が何よりも優先される生活であったり、
自家用車がないと生活が成り立たないような環境で、車の運転をしない生活だったり、
地方特有の時間の感覚や情報の処理能力と、私の音楽が無縁ではないことを意味します。
幾つかの作品で試みて、演奏家から「間が持てない」と注意されて来ましたが、
先月初演された声と二十五絃箏のための《序の歌》で、ようやく手応えを掴みました。
私が佐藤聰明作品に憧れていることは何度も言及していますが、
氏とは異なる沈黙の淵を見つけられるかも知れないと、少しだけ希望を持ちました。

また、幾ら日本人だからと云って、洗練された能や禅だけではありません。
現在は、南方特有の文化というより、郷土芸能の類も参考にしています。
少し前までは田舎臭くて嫌っていましたが、鹿児島の民謡に基づく
室内オーケストラ作品《思無邪》を作曲したことで、箍が外れたのでしょう。
昨年の「おおすみ-かごしま芸術祭2013」の体験も大きく影響しています。

「現代音楽だろうが、日常や心情を作品に込めたい」
「客観的な読み解きが難しくなっても、もっと個人の絶対的な作品を創りたい」と、
7月に祖父が再び入院した際、ブログに書きました。
観念的な話に留まらず、飽くまでも音楽作品として知覚されるために、
野蛮な洗練という工夫が、今の拙作には必要です。

作品が公の場で演奏されるようになって5年が経った今年ですら、
演奏家の言動に屈して、こだわり切れないこともありましたが、
来年こそは私の音楽の「美」を徹底させるため、今、粘り強く意見交換しています。
拙作を演奏してくださる方々は、本当にご多用の方ばかりで、
幾つもの公演やレコーディングを抱えていらっしゃいます。
彼らにもっと踏み込んだ、白熱の演奏をして頂けるよう、
楽譜や解説文で丁寧に(効率良く)導き、その気にさせなくてはならないのですが。
一人の命は有限なのだから。
私の経験や知性、相手を思いやる優しさが足りていないと痛感する場面です。

来年、先ず初演されるのは、ヴィブラフォン独奏曲の《
先述の會田瑞樹さんに、東京ではなく、鹿児島で初演して頂きます。
作曲家の主情を重んじる氏だからこそ、本作を作曲しました。
どんなに互いが尽力しても、八方破れな音楽にしかならないかも知れませんが、
その演奏に、私は賭けています。

勇者部五箇条、ひとつ!「なるべく諦めない」
勇者部五箇条、ひとつ!「なせば大抵なんとかなる」
http://yuyuyu.tv/

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