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Et in terra pax Reading presents 『耳なし芳一』 feat. SOUND+DANCE+GINGA

扇風機って、人工と自然の間にあるって思えませんか。
私は扇風機の風が好きです。
少し大きなものになると、風雨のような音にも聞こえて来ます。
気障な表現となりますが、狭間の錯覚を見せてくれるものの一つだと、
私は感じております。

そんな「狭間」を体験させて下さった公演が、
この鹿児島県鹿屋市という田舎オブ田舎な場所で開催されました。

公演のタイトルは、
Et in terra pax Reading presents 『耳なし芳一』 feat. SOUND+DANCE+GINGA

鹿屋市出身の役者/パフォーミング・アーティスト、
有村肯弥さんが中心となり作られた、朗読パフォーマンス。
「Et in terra pax」とは、1991年に有村さんが結成・主宰された
パフォーミング・アーツ・ユニットの名前です。

今回の参加者は、有村さんの他に、
サウンド・パフォーマー/視聴覚作家、松本充明さん。
コンテンポラリーダンサー/振付家、JOUさん。
コンテンポラリーアート/芸術家、平野治朗さん。
勿論、この他にも多くの方々が関わっていらっしゃいました。

会場は、明照寺。
そこには、灯りを内包した白い風船の数々。
平野さんによる、庭園インスタレーションです。
私が着いたのは19時前で、未だ空も明るい時間帯。
白菊にも、白椿にも、白い萩野原にも感じられました。
この時点で、季節の境が曖昧になっていたようです。
お寺へと近付く毎に、今生と来生の境も曖昧になるように。
ちなみに、陽が落ちてから来場された方によると、
灯篭のようにも、鬼火のようにも見えたそうです。
昼と夜の境の真上に居たであろう時間と共に、その移ろいを眺めていたかったです。

そして、開演。
陽は完全に落ちて、辺りは暗闇に。
前口上を経て、有村さん、松本さん、JOUさんが場内へ。
少しの導入を経て、「耳なし芳一」の物語が、世界が始まります。

有村さんは、マイクを通さない肉声で、私たちに語り掛けます。
声色は様々に使い分ける一方で、
これは照明や座席の関係もあり、自信の無い解釈となるのですが、
表情を大きく変えることは無かったように思えました。
能面のようなものを擬似的に表現されていたのでしょうか。
マスクによる一元的な、しかし、多彩な移ろいは、古来から表現を異化して来たもの。
有村さんは、それを生身でやってみせたのではないか、と感じました。
言葉が適切ではないかも知れませんが、過剰なまでに制御された演出により、
朗読の輪郭が浮かび上がって来るようでした。
時には、大型の扇風機4機が駆動する音が勝っているようにも聞こえましたが、
意外に必然性を伴う表現だったのではないか、と疑っています。
それは、扇風機が狭間を象徴するように思えてならないことと無縁ではないでしょう。
「耳なし芳一」という、フィクションとノンフィクションの狭間のような物語。
きっと、語り手次第で、その秤は如何様にでも傾く筈。
狭間を見せ続けた朗読に感銘を受けました。

松本さんは、主にプリペアド・シタールを演奏。
時折、コンピュータのプラグインで変調させる以外は、生音中心だったと思います。
当初、電子音、エレクトロニクスを多用した音楽になるだろうと想像していたので、
良い意味で裏切られました。
チェロの指板が付けられ、コントラバスの弦が張られたシタールは、
有村さんが意図的に抑えたであろう表情を、照明以上に浮かび上がらせます。
時にはチェロの弓を、マレットを、スライドバーを用いて奏されていましたが、
その一音一音がキャラクター付けられているような、
ライトモチーフのような性格さえも一音に託されているのではないか、と感じました。
同様のパフォーマンスは現代音楽のチェロやコントラバスに多く見られますが、
異化されたシタールだからこそ切り取れる空間があったのでしょう。
沈黙を避けるような音の挿入に、日本ではない何処かを想像致しました。

JOUさんは、芳一を演じていたようにも見えましたが、
そのように決めつけて良いものか、やはり油断なりません。
同じ場所をくるくると回りながらも、物語は異境へと踏み込んでいきます。
らせん構造のような舞に託されていたものは何だったのか。
右に渦巻き、左に渦巻き、その果てに一つの大乱流としての渦が発生する。
確か、白川靜氏の説だったかと思いますが、
古代中国の甲骨文での「尋」という文字は、右手と左手を天に向かって捧げ、
渦巻くように動かしながら見えざる神の所在を尋ね歩くものではなかったか。
蝸牛管も、渦巻くものの一つ。
JOUさんの空に放たれる一挙手一投足が、芳一自身ではなく、
もぎ取られた芳一の耳を暗示するものだったとしたら。
主を失った耳に聞こえし朗読とは、語り騙られるものとは何か。

支離滅裂ではございますが、色々と書き連ねてみました。
「耳なし芳一」による、この興奮と混乱の状態、あまりにも心地好いです。

パフォーマンスに関する、もっと分かり易い記事は、
新聞や他のご来場者のブログでご覧頂けると思いますので、
私のブログは、いつもの妄想の延長にある戯言としてお笑い下さい。

有村さんのパフォーマンスを生で拝見したいと思って、
どれだけの時間が経ったでしょうか。
今まで待って良かった。
心からそのように思える公演でした。

終演後は、協賛の「菓子工房 亜ん寿」さんのお菓子が振る舞われました。
緊張が解けて、現実への境を越える鍵だったのかも知れません。

今回、公演以外にも感銘を受けたものがございます。
それは、有村さんのマネージメント能力です。
チラシやポスターが、どれだけのお店に設置されたか。
公演準備でお忙しい筈なのに、テレビやラジオへも積極的に出演されていましたし、
Twitter等による告知にも、毎日、力を入れていらっしゃいました。
これらは、インディペンデントの強みでもあると思いますし、
その強みを扱い切れない人は、きっと生きていけないのが表現の世界。
公演の告知が始まった時から既に終演まで導かれていたかのような、
素晴らしい演出でもありました。

お寺を出ると、小雨の中、先程の白い風船が闇夜に浮かんでいました。
仄かに温かい灯りに導かれて、此岸へと戻って参りました。

素晴らしい体験が出来たことに感謝。
ありがとうございました。
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