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盲信。

昨日開催された『曽我部清典×山田岳 トランペット&ギター デュオリサイタル Vol.II
濃厚かつ楽しめるプログラムで、お二人の演奏と諸先輩方の作品に魅了されました。

ゼフュロスとエレキギターのための《Ebakos Zero》も無事に初演されました。
架空の神「Ebakos」を信仰する虚ろな者たちによる儀式、という発想に基づく本作。
ディレイで遊ぶ人にとってはごく普通のことしかやっていないものの、
エフェクター等の事故も無く、本番で初めて最後まで通ったので、ほっとしたのが正直な所です。
楽器法のデモンストレーションにしか聴こえなくても仕方ない内容でしたが、
お二人のアイデアに大変助けられました。
アンコールとして、本作の一部分を再び演奏して下さったのも嬉しかったです。

曲中、おまじないのように「Egacba, Chakons.」という言葉が何度も唱えられますが、
最後だけ、異なる英文が登場します。
これが英語として間違っているというご指摘を頂きましたが、実は「正しい」のです。
本作の(音楽上は姿を見せない)裏テーマだった「盲信」に基づく選択でした。
相変わらず、飛躍の過ぎる発想かも知れません。
興味のある方は、以下のリンク先をご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/All_your_base_are_belong_to_us

さて、今年に入ってから、作曲の態度を少し変えました。
一つは、思い付いたアイデアを矯正せず、出来るだけそのまま作品として提示すること。
もう一つは「何もやらない間」だけでなく、
非効率的で冗長で鈍臭いような「何かやっている間」をポジティブに受け入れること。
本作は、この二つの課題に取り組んだ2作目に当たります。

いずれも自分の作曲として消化しているレベルには到達出来ていませんし、
いわゆる音楽のタイム感の上には成立しないものかも知れません。
「準備に時間が掛かっても、途中で音が止まっても構わない。出たとこ勝負」という指示は、
ステージに立つ演奏家にとっては、いい加減で不信感が募る、受け入れ難いものだったでしょう。
私が普段の田舎暮らしと在宅介護で「待つ」ことに慣れているとは云え、
私ではない他者が演奏し、私ではない聴衆に聴いて頂くための配慮が欠けていたのは事実です。
理解して頂くための努力も足りませんでした。
現代音楽の演奏家も聴衆も、奇人や変人ではなく、良識ある方々なのですから、
作曲者が熟考しないまま、安易に巻き込むのは迷惑な話です。
ただでさえ、現代社会が排除しようと努めているような課題にわざわざ取り組む訳ですから、
人生の浪費に終わる危険性も大きいでしょうが、私はもう少し粘って試行したいです。

作曲された音楽としては不味い内容だったかも知れません。
でも、これが私の「いまのきもち」でした。

打ち上げでも話題になりましたが、
曽我部さんに初演して頂いたのは今回で2作目、岳さんは8作目でした。
特に岳さんには、再演や鹿児島での自主企画など、様々な機会でお世話になっています。
私が作曲出来ているのは「ご縁」のおかげに他なりませんが、
出逢った皆様が興味を持ってアナリーゼをし、楽しんで練習して頂けるような作品を作らねばと、
不純ながら思うことでした。頑張ります。
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