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真珠。

どもっヾ(´ω`=´ω`)ノ自分です。

マリンパレスかごしま・4Fカナホールで開催されました、
バロック・現代リコーダー作品による演奏会~時空を超えて~
出演は、リコーダー:吉嶺史晴氏、チェンバロ:田中利絵氏のお二方(*^▽^)/★*☆♪

終演して7時間以上が経ちましたが、未だに興奮醒めやらぬ状況。
このような感覚は久しくありませんでした。

プログラムは次の通り。

   Padre Diogenio Bigaglia(1676?-1745?)
   ソプラノリコーダーと通奏低音のためのソナタ イ短調

   Arcangelo Corelli(1653-1713)
   リコーダーと通奏低音のためのソナタ ヘ長調 作品5-4

   Tarquinio Merula(1595-1665)
   第2旋法によるトッカータ(チェンバロ独奏)
   半音階的カプリチオ(同上)

   Tommaso Antonio Vitali(1663-1745)=Ferdinand David(1810-1873)
   シャコンヌ(偽作?)

   吉嶺史晴
   無伴奏テナーリコーダーのための「桜」(改訂版初演)
   リコーダーとチェンバロのためのソナタ(初演)

1曲目から、お二人の世界に引き込まれましたが、
その理由の一つが、この会場(チャペル)の響きです。
私は初めて伺ったのですが、吉嶺先生がよく使われるのも納得の良さ。

古い音楽の筈なのにとても新しく聴こえたのは、
エレクトロニカのような、アコースティックな電子音にも聴こえたから。
脳化された純粋な音に達するかのような、真っ直ぐな素の音。

コントラスト。
ポジティブな意味で混ざり合わない、しかし、絡み合う二つの楽器の音色。
原色とは違う印象なのですが、それぞれの色が鮮やかに塗られていきます。

バロックとは「いびつな真珠」という意味だそうです。
「わざと均衡を破る、例えば、不協和音を用いることで色彩が強くなる」
「イン・テンポと、拍が規則正しく動かない箇所の対比」
「楽譜に書かれたものを即興的に演奏するには、どうすれば良いのか」
吉嶺先生がユーモアを交えながら、丁寧に解説されていきます。

使用されたチェンバロは、吉嶺音楽教室所蔵のイタリアン1段52鍵タイプのモデル。
コレッリ作品では、田中さんが右手のリアリゼーションを行ないました。
田中さんは鹿児島に欠かせないピアニストのお一人ですが、
現在、バロック音楽奏法を吉嶺先生に師事されているそうです。
メルーラ作品での優美さと共に覗かせる悪魔性の表現、素晴らしかったです。
後述する吉嶺先生の作品では、現代的なアプローチにも対応されており、
とても素敵な鍵盤奏者、音楽家だと改めて感じました。

さて。
後半に演奏された吉嶺史晴先生ご自身の作品について、拙ブログで触れない訳にはいけません。
私にとっては目から鱗の、とても衝撃的な作品でした。

先ず、無伴奏テナーリコーダーのための「桜」という作品。
日本古謡「さくら、さくら」を基に主題と変奏、移行部という3種類の素材から成り立っていると、
プログラムノートには書いてあります。
吉嶺先生のブログには「変奏曲形式とロンド形式を併用した構造」とも書かれています。

特に印象的だったのは、各音、各フレーズごとに使い分けられる息音の含ませ方。
日本的な音階が常に強く顕れる作品ではありませんが、この息音により、
リコーダー、尺八、篠笛などの何れとも違う新たな楽器が出現します。
息の吹き込み方を変化させることによるイレギュラーな、
しかし、細部までコントロールされた偶発的な重音も、冒頭から作品を引き締めました。

1声の無伴奏作品の難しさについて、吉嶺先生は度々ブログに書かれています。
無伴奏作品は、単旋律が延々と奏されるだけの音楽かも知れません。
バッハの幾つかの作品など、一本の横の流れだけでなく、多声部に感じられるような、
縦をも意識させる無伴奏作品は存在しますが、それは主題から注意を払って作られたもの。

日本古謡を主題とする場合、縦の線を見出すことは出来るのか。
(但し、その必要は本当にあるのか?)
対比など存在しない、ただひたすらに不協和音が支配的な音楽にはならないか。
音響が空疎に感じられて、むやみに技巧的なフレーズを挿入しているのではないか。
きっと、作曲時に様々なことを危惧されたのでしょう。

東洋的な旋律と相性が良いらしい近代フランス的な和声を目指すでもなく、
邦楽器を模したアプローチでもなく、泥濘の静寂にも留まらず、
音楽に限定せず、もっと広く(それは、ある意味で狭義にもなりかねない)
日本という観念と交感するかのような音楽がそこにはありました。

次に、本公演が初演となった、リコーダーとチェンバロのためのソナタ。
全部で三つの楽章から出来ています。

最初はソナタ形式によるアレグロ楽章。
冒頭からいきなり、このタイトル故のギャップに感激しました。
メジャーセブンス系の和音が頻出するのです。
リコーダーが奏する旋律も、日本古来のものでもなく、西洋的でもなく、
敢えて申せば、KENSOのような日本のプログレッシヴ・ロックのそれに聴こえます。
吉嶺先生がプログレを意識されたかは分かりませんが、
あまりにかっこいい音楽に、私としては、そう思わずにはいられませんでした。
西洋音楽の旧来的な様式とロックの相性の良さも無関係ではないでしょう。
チェンバロだからこそ可能な声部の独立性、それによるビートの強調。
古めかしいタイトルから程遠いような若々しいグルーヴ。

自由なテンポによる第2楽章。
冒頭を始め、何度か出て来るリコーダーと声による重音。
友人は「ホーミーのよう」と感じたらしい。
しかし、少し喉に引っ掛けた声をドローンのように低音域で伸ばし続け、
その上でリコーダーとチェンバロを奏しただけでは、この感触の音は出せそうにない。
計算された差音によるものでもなさそう。
終演後に吉嶺先生に訊ねた所、田中さんがリコーダーと同じフレーズを歌っていたとのこと。
種明かしされると、既存の楽曲でも同様のことは為されているだろうと思ってしまいますが、
今回は、先述のホールの響きも特別に良く合っていたのでしょう。
これまでに聴いたことの無い音色を体験出来ました。

第3楽章はタランテラのリズムによる速い楽章ですが、
アイリッシュ・ジグや日本のお囃子、3連で突き進むハードロックのようにも聴こえました。
ここでは、チェンバロのリュート・ストップが活用されました。
レバーの操作によってリュートや日本の箏のような音色になるそうで、
ピアノのミュート奏法とはまた違った、異質な音が生み出されていました。
速いテンポの中でリュート・ストップが何度も操作され、
特に、多くの押鍵による和音は、グシャッという衝撃音にも聴こえます。
微分音に調弦したり、クラスターを連発したりせずとも、
楽器そのものや演奏家が慣れている奏法だけで新鮮に聴かせることが出来る。
そんな当然のことを改めて教えて頂いた気が致します。

とは云え、本作の作曲者は、リコーダー奏者として、
アントワープ国際現代音楽コンクール“Orpheus Prijs '93”で特別賞を、
ガウデアムス国際現代音楽コンクールで第2位を受賞され、
ダルムシュタット音楽祭を始めとする、
ヨーロッパ各地での現代音楽祭、演奏会、コンクールなどで作品が演奏されている方です。
そのような方が仰る「調性」「超絶技巧や特殊奏法、そして、現代音楽への懐疑」とは、
ここまで刺激的なものなのか。
今すぐ再演を希望したい、素晴らしい初演に立ち会うことが出来ました。

音楽教育で使われる楽器というイメージを打破したい、と常々仰る吉嶺先生。
鹿児島国際大学にはリコーダー専攻の学生が2名いらっしゃって、
柴立美佐子さん、春花美咲さん、共に全国規模のコンクールで優秀な成績を収められています。
特殊奏法を多く含み、旧来の形式に則らない現代作品にもお二人は果敢に挑戦されていて、
拙作も演奏して頂いたことがございます。
先月は、現代音楽奏法の第一人者、鈴木俊哉氏を迎えてのワークショップも開催されました。
残念ながら、私は伺えなかったのですが、
お二人による湯浅譲二氏の《相即相入》を聴けなかったのが特に残念でした。

私にとっても、吉嶺先生の存在は大きいです。
それぞれの作品を聴いただけの印象では、
私があまり影響を受けていないように感じる方もいらっしゃるでしょう。
でも、例えば、楽曲の構造や形式に強い関心を持ち、実践すること、
楽器やその編成を「鳴らす」ことに努めていることなど、
先生が拙作を評した文章を拝読して、初めて己の課題としたものばかりです。
また、これは私の勝手な妄想ですが、
時間軸上で可能である持続と差異という、ただ二つの事柄を追求する一方で、
新しい音響は現代音楽やクラシックの分野からは今後生まれないのではないか、
という疑念(でも、希望は捨てられないという執念)を、お互い持っているのかも知れません。
他の誰でもない、吉嶺先生がプログレと呼んでも過言ではない新作を発表されたことは、
私の励みとなると同時に、大きな壁となり立ちはだかりました。
もし、いつかリコーダーとチェンバロのための新作を作ることになったら、
私は一体、何を提示出来るでしょうか。

確かに、現行の現代音楽の基準では評価の対象外とならざるを得ない作品だったかも知れません。
しかし、ジャンルとしての現代音楽と心中するつもりのない者にとって、
今日の2作品は、この上なく刺激的な音楽でした。

コンサートについて書くべき所を、結局、いつもの自分語りになってしまいました。
印象にしか基づかなくて、長いだけの拙い文章を読んで下さった皆様、誠に有難うございました。

素敵な音楽を聴かせて下さった吉嶺先生と田中さん、
運営に欠かせない吉嶺先生のマネージャー氏に心より感謝申し上げます!(((o(*゚▽゚*)o)))
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